由緒と歴史

勧請の歴史は古く永治元年(1141年)と
伝えられています。
山の神である大山咋神を
お祭りしております。
大山は日枝(比叡)山を意味し、
「咋」は主の意味と考えられています。

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御祭神
御神徳

大山咋神
(おおやまくいのかみ)
山の神・方除の神・殖産興業の神

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永治元年
(1141)
三仏寺城主飛騨守平時輔、片野・石浦境の山上に近江坂本より「日吉山王宮」を勧請。神猿伝説。
養和元年
(1181)
木曾義仲の兵火にかかり日吉社を焼く。片野の里人杉ケ平にご神体を移し片野村の産土神とする。
天正十六年
(1588)
飛騨国守金森長近築城及び城下町造営に着手。
慶長五年
(1600)
日吉山王宮を杉ケ平より現在地へ奉遷。
社殿を造営し城の鎮護神及び高山南半分の産土神と定める。
社僧真言宗国分寺良伝。(後世松樹院)
元禄五年
(1652)
飛騨一国幕府天領となる。高山祭屋台の本格的建造が始まる。
享保十四年
(1729)
拝殿下に大鳥居を建て、代官長谷川忠宗「日吉宮」の社号額を寄進する。
寛政八年
(1796)
川原町にお旅所始まる。
文化十三年
(1816)
本社神輿一対二座を建造。
明治元年
(1868)
神仏分離令により山王宮は日枝神社となる。
明治二十三年
(1890)
青竜臺組の永年宮本を廃し各組交代の宮本制度を定める。
昭和十三年
(1938)
新本殿竣工。旧本殿を富士神社とする。
平成八年
(1996)
遷座四百年祭記念臨時大祭執行。
四月十三日より三日間、国内277社招請。
平成二十八年
(2016)
「高山祭の屋台行事」ユネスコ無形文化遺産に登録
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末社と祭神

天満神社
菅原道真公
(スガワラミチザネコウ)
稲荷神社
倉稲魂神
(ウガノミタマノカミ)
恵比寿神社
八重事代主神
(ヤエコトシロヌシノカミ)
富士神社
木花開耶比売
(コノハナサクヤヒメ)
金毘羅神社
大物主神
(オオモノヌシノカミ)
産土神社
高皇産霊神
(タカミムスビノカミ)
神皇産霊神
(カミムスビノカミ)
神明神社
天照大神
(アマテラスオオミカミ)
別名杉ケ谷神明神社
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